心筋症について

 心筋疾患の中で、特に原因不明のものを指して「特発性心筋症」という。原因が分からないだけに診断も複雑で、治療や予防の決定打も無いという、このため症状が進んでしまった患者さんでは、心臓移植が必要なケースもあることで知られている。特発性心筋症とは何か、札幌市豊平区にある兼古循環器クリニックの兼古悟院長に聞いた。

【何かの原因があるはずだが……】
 特発性心筋症は原因不明で起こる心臓の筋肉の障害で、中でも拡張型心筋症は、いわゆる心臓病の中ではただ一つ難病(特定疾患)に指定されている病気。
 心筋症とは、何かの原因によって、心臓の筋肉が変化(変性)するものであり、特発性心筋症といえども、現在はその原因が特定できないだけで、必ず原因は存在している訳である。特発性心筋症の代表的なものでは肥大型と拡張型の二つがよく知られている。
 さて、心臓はポンプの働きで、血液を送り出す役目を果たしている。心筋症のうち、肥大型とは、心筋(心室壁)が異常に肥厚してくる病気で、心室の内腔が狭くなることから、送り出される血液が出にくくなるもの。一方、拡張型は心筋の細胞が変化して、質がもろくなったり、脂肪変性、繊維化等したりして心室壁が広がり、薄くなり、収縮カが弱くなって、血液を送り出す力も落ちてしまうものを指す。
 一般的な症状は動悸、息切れ、めまい、呼吸困難、不定胸痛、胸部圧迫感、心悸亢進、浮腫、むくみ、疲れやすい、全身倦怠、不整脈などのほか、めまい、不定愁訴が挙げられ、時には心職マヒや失神、突然死が起きることがある。いわゆる心疾患の症状は全て、あてはまる。

【異常のある人は多い】

 兼古院長は「特発性心筋症では肥大型、拡張型の二つがいわれますが、心臓の筋肉が厚いとか、薄くなって広がっているというような、それだけのものではない。何かの原因により心臓の筋肉が変化(変性)したものは全て心筋症。しかも、心筋症の多くは慢性期でみつかることが多く、慢性期に至る前の段階、急性期でも心筋の変化は起こる。
 心筋症の筋肉をみていくと、心筋の細胞そのものが浮腫んだり、細くなっていたり、膨化していたり、脂肪に変わって、穴があいているものや繊維になってしまっているもの、きれいに並んでいなければならない筋肉が、ばらばらに向いていたり、間質も繊維化しているものや脂肪が入ってきたりするものもあります。
 どういう変性によるかでも、心臓そのものに多様な症状が出る。肥大型や拡張型のほかにも、不整脈とかブロック(脈が途切れる)を作るものも多い。私が見た中でも、不整脈を起こしている心筋症が多くあり、心臓ペースメーカーを入れる人のうち、かなりの人は心筋症なのではないかと考えられます」という。
 症状を自覚しないケースや胸部X線撮影で見ても形の変わっていないものの中にも、かなり多くの人に心筋症が起こっている可能性があるということだ。
 「心筋症の程度が軽い時には普通の心臓の形でいるが、それが進むことによって肥大や拡張、不整脈・伝導障害型といった変化が出てくると考えると分かりよい。自覚症状も無く、日常生活を普通に送る人の中にも、また、運動時の突然死する人の中にも、心筋に異常のある人は、かなりの数に上ると予測されます」(兼古院長)。


【厳格さを求められる検査】

特発性心筋症の定義(厚生省研究班)

『特発性心筋症とは原因不明の心筋疾患を言う』

▽特定心筋疾患として別に扱うもの=産褥心、アルコール性心疾患、原発性心内膜繊維弾性症、心筋炎(原因の不明なもの、明らかなものを含む〉、神経・筋疾患に伴う心筋疾患、集合織病に伴う心筋疾患、栄養性心疾患(脚気心など)、代謝性疾息に伴う心筋疾患、モの他(アミロイドーシス、サルコイドーシスなど)

■ウイルス性ないし特発性急性心筋炎の診断の手引きから−
▽心症状にかぜ様症状や消化器症状、また皮疹、関節痛、筋肉痛などが前駆症状また主症状として合併することが少なくない。無症状の場合や突然死で発症することもある

  • 心症状=胸痛、失神、呼吸困難、動悸、ショック、痙攣、チアノーゼなど
  • かぜ様症状=発熱、頭痛、咳嗽、咽頭痛など
  • 消化器症状=悪心、嘔吐、腹痛、下痢など

▽身体所見に頻脈、徐脈、聴診で心音激弱、奔馬調律、心膜摩擦音、また収縮期雑音などを認めることがある


 一般には、特発性心筋症の患者さんは、心臓疾患全体の三%程度といわれているが、予想以上に多くいるのではないか、ということが分かってきた。
 実際の患者数が低く現れる理由として、ひとつには、検査の厳格さが求められていることにある。もちろん、明らかに症状があって受診する人には、それなりの検査が行われるが、自覚症状を訴えない患者さんや、めまいや、精神的(パニック、過呼吸、うつ症状、)と思われる症状を訴える患者に対して、最初から心筋症を疑って検査にかかることは少ないという。しかし、無自覚で症状が無く、一般の健康人と見られる人でも、胸部X線像や心電図、心音の異常で、たまたま心筋症が発見されるということがあることから、検査を受ける機会の少ない人や一般的な検査にも引っ掛からないような性質の変性や初期のものは、心筋症として診断されるケースは非常に少ないと言う事ある。
 「特発性心筋症と診断をつけるには、その他の心疾患はもちろん、中でも弁膜症ではないこと、冠動脈の疾患ではないことを確実に見極めなくてはならない。そのためには、確かめる意味から冠動脈そのものの造影が必要になり、心電図、心エコーの読み方にも専門性が必要です。一般的な検査では分からないことが多く、医師がどれだけ心筋症を疑ってかかるかがポイント。そして、最も重要な検査が心筋のバイオプシー(心内膜心筋生検)であり、これも一か所から心筋を切り取ってくるだけではなく、必ず数カ所から心筋組織をとる必要があります。
 変性して、死んだ細胞からは異常な信号も送られてこないので、心電図も正常で、自覚症状の無いものにも、初期の心筋症というケースもあるのです。検査では、必ず心筋の組織を取って、顕微鏡で見ることが求められます」(兼古院長)



【肩凝りも一つの症状】
 治療は薬物療法で十分に対応することができており「拡張型も肥大型も薬による治療効果が上がっています。それでも、拡張型の人のうち、ごくごく一部のわずかな人が現在でも心臓移植を必要とします。肥大型でも閉塞するようなタイプでは、ごく一部は手術による治療になります」(兼古院長)。



 生活面では、一般的な心疾患と同じことを気をつけていれば良いといい、たばこ、酒、過労、睡眠不足、肥満を避け、塩分を制限する。「薬物による治療と生活面の改善で、上手に治療ができれば、心筋の状態もだんだんと良くなってきます」(兼古院長)。
 心筋症といえども、現在では薬物による治療が効果を上げていることが分かり一安心。
 「不定愁訴を訴える人や肩こりを訴える人の中にも心臓の病気をもつ人が意外に多いので、これが心疾患と思われるような症状でなくとも、他の診療科でなかなか症状が改善しない場合(パニック、めまい、うつ症状等)は、炎症、変性疾患の分かる心臓の専門医の門をたたき、一度チェックしてみると良いでしょう」と兼古院長はアドバイスする。